唯「アサメシマエの」千夏「ヤサシイセカイ」

 

 

ーーねぇ、唯。

 

少しだけ、待っててね。

 

すぐ…追いつくから。

 

 

 

 

 

 

「…ハァッ…早く…!」

 

ゴゥン、ゴゥンとエレベーターを急がせる。

じっとしていられなかった。自然、体がカタカタ震える。

会いたいんだ。会わなきゃいけないんだよ。

 

 

「…ちなったん…!」

 

 

 

『○○階です。』

ドアが開く。

瞬間、駆け出す。止まらなかった。

ここにいる。扉に手をかけ、勢いよく開けた。

 

 

一見、そこには"彼女"の姿はない。

部屋の中には、プロデューサーと…白衣。おそらくは担当医だろう。

二人とも、その表情は明るいものではなかった。

 

 

 

「…唯」

「…ハァッ…ちなったんは…っ!?」

「落ち着いてください、彼女は…」

 

スッ、と手を向けたその先は、真っ白いカーテンがかかっていた。

 

「この中で眠っています」

 

ここに"彼女"がいる。

…会わなければ。

 

「…通して」

「…いいのか、唯」

「いいから!」

 

カーテンに手をかけ、シャーッと開く…と、

 

眼前に広がるその有り様は、

 

とても信じがたいものだった。

 

 

「…ちなったん…?」

 

 

 

無数のチューブに体を通され、

訳の分からない機械に繋がれた、

私の大切な人の、

変わり果てた姿。

 

 

 

「…説明するよ」

 

そう口を開いたのは、プロデューサーだった。

 

曰く、彼女は正体不明の病原体に侵されていること。

曰く、今の医療レベルでは治せない代物だということ。

曰く…もって半年だということ。

 

 

 

…は?

いやいやいや、そんなんウソっぱちでしょ。

だって、ちなったんだよ?

ついこないだまでピンピンしてたじゃん。

ゆい、覚えてるよ?

あの日は一緒に遊んだし、あの日はデートに行ったよね。

…ねぇ、起きてよちなったん。

ゆい、まだ…

 

 

 

「…どうやら相川のやつ、ここ最近のハードワークが目立っていたようだ」

つつ、と頬をナニかが流れる。

「ちょっと前に事務所の子らとか、ご家族の方もお越しになってな…そこで聞いた話なんだが」

熱い…涙だった。ぐい、と服でこする。

「唯、最近どんどん売れてきてるだろ?それを気にしたんだろうか、『唯と同じ目線に立って、唯と同じステージに立つ』んだって…周りの制止もきかなかったそうだ」

袖が濡れている。 

それでも、涙は止まらない。

医者が続ける。

「おそらくだが、病原体自体はそれ以前から体内に潜伏していたのでしょう。それが今回、ハードワークにより体を壊したことで一気に牙を剥いたと、そう考えております」

「…本当に、申し訳ない。プロデューサーである俺がもっと気を回してやるべきだったんだ…こんなの、プロデューサー失格だ」

 

…ふつ、と込み上げてくる感覚がした。

 

 

 

 

「…治してよ」

「…私達にはどうすることも」

「治してよ」

「唯」

「…なんで」

 

…もう、限界だ。

 

 

 

 

「なんで!なんで治してくんないのっ!」

「っ!唯!」

 

ぐい、と医者の襟首をひん掴む。

「ちなったんを治してよ、助けてよ…っ!なんでちなったんがこんなに苦しまなきゃなんないんだよ!」

「唯!やめろ!」

「おっさん医者なんだろ!?治すのが仕事なんだろ…っ!?じゃあ治せよ!今すぐ!!」

「唯!!」

 

「ちなったんを…返せ!!!」

 

 

 

プロデューサーに取り押さえられ、その場にへたりこむ。

隣で目を閉じる"彼女"は、眉をぴくりとも動かす気配はなかった。

それがなんだか、どうしようもなく哀しく感じられた。

 

医者のほうを見る。

身動ぎ1つなく立ちすくみ…かと思えば、

私達のほうを見て、努めて冷静にこう言い放った。

 

「…我々の力不足です、誠に申し訳御座いません」

 

 

…あぁ、そうか。

ゆい、分かっちゃった。

 

 

 

 

きっと、みんな悪者なんだ。     

 

 

 

 

自分の限界をも顧みず、終いには壊れてしまった"彼女"も、

"彼女"を止めることが出来なかった周りの人達も、

"彼女"の異変を受けとめられなかったプロデューサーも、

"彼女"を治すことのできない医者も、

 

 

知らず知らず"彼女"の重荷になっていた自分も。

 

 

 

 

そうだよ。みんな悪者なんだ。

あいつのせいだし、あいつのせいでもあるし、あいつらのせいでもあるし、

 

ゆいのせい、でもあるんだ。

あは、あはは。

あはははははは。

あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

 

はは、ははは…

 

 

 

 

…どのくらい、時間が経ったのかな。

あれ、何してたんだっけ。頭がまとまらない。

よく見ると、服がびちゃびちゃだ。あーあ、けっこー気に入ってたのに。

 

 

 

「…気は済んだか」

 

プロデューサーの声。

…そっか、たしか、ゆい…

思い出しかけたところで、頭がひどく痛むような感覚がした。

 

「…落ち着いたなら、無理に思い出そうとしなくていい。俺だって、あんな唯の姿は思い出したくないし、もう二度と見たくもない」

 

…なんだか、迷惑かけてしまったようだ。

てへ、ごめんねプロデューサーちゃん。

…なんて、言い出す元気はなかった。

 

「…だけど、1つだけはっきりとさせておく。相川は…」

 

…いいよ、言わなくったって。

だって、ちゃんと分かってるもん。

そう、これだけははっきりとしていた。

 

 

ちなったんは、多分もう目を覚まさない。

おバカなゆいでも、これだけはなんとなく分かる。

…誰に当たったところで、ひっくり返ることのない事実。

 

「…どうしようも、ないんでしょ?」

 

 

 

 

ゆいはゆいらしく、なんてノリのままアイドルを続けていたら、

いつの間にか、こんなところまで来てしまっていた。

たくさんのファンと歓声に包まれ、数万、数十万もの人達と心を1つにする。

 

ただ楽しかった。楽しんでいた。

 

でも、それがきっと"彼女"には眩しすぎたのだろう。生真面目な"彼女"のことだ、きっと変な受け止め方をしたに違いない。

 

誰よりも永く共に時を過ごしたから分かる。

でも、だからこそ、

誰よりも分かっていなかったのだろう。

 

 

あっはは、バッカだなー。

心配しなくたって、ゆいはどこにもいかないよっ。

ね、だからさ。

そんな顔しないでよ。

 

 

だって、

私は、

貴方のことをーー

 

 

 

 

「…ゆい、決めたよ」

「ゆいはゆいのやり方で」

「ちなったんを助けてみせる」

 

 

 

プロデューサーが目を丸くする。

 

「…どうするつもりだ」

 

「わかんない。ゆいバカだから、どうもこうもないよ」

「でも、ひとつだけはっきりしてる」

 

「ゆいは、アイドルなんだ」

 

 

以前、どこかで聞いたことがある。

アイドルとは、偶像。

信仰の対象であり、神の象徴だ、って。

だったら…

 

「神さまなら、なんとかしてくれるよね。神さまだったら、治してあげられるよね」

 

「…そもそも全アイドルの目指すべき終着点は"そこ"だ、止める理由はない…が」

「たとえ"そこ"に至ったとして、そこからあれこれ手を回したとしても、だ」

「治してやれる保証などどこにもないぞ、それでもやるのか?」

「もちろん。半年あるんでしょ?だったらイケる」

 

 

「…ゆいは、神さまにだってなってみせる」

 

 

 

 

 

ーー夢を、見ていた。

永い永い、終わることのない夢。

暗く冷たい海の底で、必死にもがき続けるような…

悲しい悲しい、哀しい夢。

 

 

 

あぁ、今日もまたもがき続けるのね。

はぁ、やんなっちゃう。もう腕が上がらないってのに。

…ま、いいか。

もう二度と、日の光を拝めなくたって。

きっと私には、これがお似合いなのよ。

 

 

 

 

ーー夢を、見ていた。

覚めるような金髪を揺らして、私に手を差し伸べる女の子。

 

その手を、払い除ける夢。

 

 

私は、そこには行けない。

私では…

 

 

 

透き通る碧眼が、ひどく歪む。

女の子は、どうやら悲しんでいるようだ。

 

 

ごめんなさい、ね。

でも貴方は私と違って、

とってもキラキラ輝いているから。

 

 

私は、

貴方と同じ場所には立てないから。

 

 

 

 

 

 

 

ーー夢を、見ていた。

暗く冷たい海の底に、光が差し込む夢。

闇を払い除けて、女の子が手を差し伸べる夢。

 

覗き込んだその眼は、きれいな、きれいな碧眼だった。

 

眩しいまでに耀いた金髪は、とってもキラキラしていて、

 

でも…それ以上に、

 

笑顔が、綺麗だった。

 

 

 

 

 

あれから自分が何を考えて、どう行動に移したか…まったくと言っていいほどに覚えていない。

ただひたすらに、目の前のノルマをこなし、スケジュールをこなし、一つ一つ目標を潰していくように日々が過ぎていった、気がする。

 

そして、とあるライブの終幕にて。

トップに登りつめた私は、数千万のファンに向かって、こう言い放った。

 

「…ねぇ、みんな。みんなの応援のおかげで、ゆいは今ここにいるんだ」

「みんなには、とってもとーっても感謝してる。だから、みんなのことを信用して、言うね?」

 

「…実は、ゆいの大切な人が、さ。病気で苦しんでるんだ。それも、ずっと前から」

「だから、さ。1つだけ、ゆいからのお願い」

 

 

 

 

「…助けて、ください」

 

 

 

 

祈りは、届くーーー

 

 

 

 

 

ーー視界に情報が雪崩れ込む。

目を、開けた、のだろうか。

見知らぬ天井、心電図。視界の端には…人影、かしら。

そして、泣き腫れた顔でこちらを大きく覗き込む、のは…

 

 

 

「…唯?」

 

 

 

 

夢を見た。

金髪碧眼の少女が、私に手を差し伸べる夢。

手を取った私は、彼女と共に…

 

 

 

 

「…ちなったん」

「ねぇ、唯。私、夢を見たのよ」

「貴方が私の手を取って、暗い海の底から連れ出してくれる夢」

「ゆい、ゆいね、ずっと待ってたんだよ…?」

「ちなったんが、ゆいと一緒に来てくれるの…」

「…ふふっ、だから貴方が連れ出してくれたんじゃない」

 

「真っ暗な闇の中から、輝くステージへ」

 

 

 

ぐしゃぐしゃに泣き崩れたその顔は、

私が頭を抱き抱えてやると、

まるで太陽のような、眩しい笑顔に変わった。

 

 

 

「…えへへ、二度と置いてったりしないかんね」

「…えぇ、ずっと一緒よ」

 

 

 

 

私の、神さま。

 

 

 

 

おわり

流行れ